2019年7月21日日曜日

キャンプに向かって

先週、先々週も毎日礼拝メッセージ を繰り返し聴きながら過ごしました。

守られています。

実は色々な可能性がある事を知り、でも、本当に不思議なくらいに心は平安。

神様が支えてくださっています。


今日は、いやしの祈りの中でドドドドドと何か力を感じました。


火曜日からは、白馬キャンプが始まります。


注がれる主のご臨在。

忙しいですが、神様のことばを受け、奉仕の恵みと、いやしの恵み、しっかり受け取ってきたいです!


信仰。信仰。信仰。


今日はカンボジア孤児院(カンボジアのTLEA教会)からMさんと子供達が。アメリカからは、DさんEちゃんが礼拝に参加されました。


教会中が喜んでいる事を感じる一日。

教会に通っている神様の愛を思います。

なんとも嬉しい日でした。


明日は、白馬キャンプ前日。例年は帰りが明け方近くになりましたが、明日は皆で早く帰ります宣言。


新しい体制。

新しいチャレンジ。

新しい気づき。

本番何が見えるのか?!

神様に期待いたします。





2019年7月13日土曜日

この二、三日のこと

7月11日は、お父さんが天国に行ってちょうど14年。

私には特別な日でした。


日にち合わせたわけではないですが、この日も父がお世話になった病院に検査診察で訪れて、終わった後はロビーで聖書を読んだりお祈りしたりできました。


私にとって大きな節目の時。

神様の思いを心に巡らせながら、神様に全てを感謝し、聞き従う事を決意しながら病院を後にしました。


また、数日の間にセカンドオピニオンも導きを感じています。確信できるまで確認する必要があるから。

みこころなら、今日セカンドオピニオンと文字を見せてください。と祈ると、二回三回と、目に飛び込んできました。


そして、昨日今日と、聖書やいやしの集いのメッセージ からもたくさんの語りかけが。


不思議なことに、私がかつて、神様から語られて握り続けていた同じ聖書箇所でした。


いやしの集いでは、過去、全身の関節の痛みを神様がいやしてくださった体験談を語らせていただきました。


神様を証する事は力であり、これから、問題、病に対して神様に祈るための力を上から注いでいただいた感じがしました。


問題に対して、信仰の対応を徹底し、しっかり腰を据え向き合い祈る。

今私がしなくてはならないこと。


神様に聞きなが従がってゆきます。



"それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。"

マタイの福音書 8章13節


そして、

"イエスは、振り向いて彼女を見て言われた。「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」すると、女はその時から全く直った。"

マタイの福音書 9章22節


"そこで、イエスは彼らの目にさわって、「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言われた。"

マタイの福音書 9章29節







2019年7月8日月曜日

新しい動きが

今日は、スタッフ会で、教会の奉仕で、ずっと祈ってきたこと、なかなか動かない様に見えた事が、一気に動き始めているのを感じました。


より良いものを築いてゆくために、みこころが進んで行くために、神様が私たちに、上からの知恵を与えてくださる事に感動。

それと共に、起きてくる出来事が偶然ではなくて、摂理的なものであるのに気づいて、神様の意図を感じて。

まことに、神様は生きている。

今日も感じることができました。


教会の奉仕の特別な恵み、

この中で、この道のりの中で、自分自身が神様により整えられてきたことが沢山あるなぁと思いました。


今年の夏の白馬キャンプも、神様に期待いたします。


それから、もう一つ。

今日の神学校で、教科書として用いられている、御声に聞き従う第2章 の本から学びましたが、その中で、「らせん階段」書かれたことばが、目に留まりました。

一貫して神様の語りかけ。


〜聞き従う時、主の力が現れ、主の計画が開かれる〜


神様に聞き従う歩みを、神様の力をいただいて全うしたいです。





2019年7月6日土曜日

試練は益に

神様のみ手の中で病がゆるされました。


手術が必要ということで、今、精密検査が続いています。


人生で2歳児の時に、脱腸で手術を経験。

もちろん記憶はなく。

それ以来、手術はした事がない。


自分自身の心は不思議なくらい静かです。


動揺して涙がでるかと思っていましたが、涙一滴も出ず。


これは、皆さまのとりなしのお祈りと、神様を信じる者の信仰の恵みなんだと感じます。


ただ私は痛いのがダメです。

もちろん、手術しないでいやされますように。

と、祈ります。


始めにかかった病院は膵臓の手術は年間数件だとか。


それで、医大に転院しました。

父が数年通い入院、手術した病院です。


そこは、私がとにかく断食して祈りに祈った場所。

私にとってはある意味、祈祷院の様な場所でした。


そこに戻ってきた。


ぴよぴよの信仰者だった私が、父の病を機に、ヨチヨチと祈りの生活が始まった。


少し前、私はまるで、らせん階段をグルりと回って、またスタートにいるみたい、と感じていました。


そしたら、母との会話で、父が天国へ行ってから、7月11日で、ちょうど14年だと聞きました。


そしたら、昨日の、教会の、デボーション箇所から。

"それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。"

マタイの福音書 1章17節


いったい何の話だ?

という感じになってますが。


神様から個人的に語りかけを受けると、こうなるのです。


つまり、今、大きな節目の時。


色々神様に祈り聞くべき時。


そして、神様が私の人生の大変な時、たしかに共にいてくださり、

語りかけてくださり、最善の計画の道へと導いてくださる。


主日礼拝のメッセージ が、またしてもまたしても、まるで、私にだけ??語られているのか?と勘違いする程タイムリーで、神様のすごさを感じました。


今、とにかくメッセージ を繰り返し聞いています。


例えどの様な状況であり、どのような結果であっても、私はカリスマの信仰に立ちます。

私は本当に未熟者ですが、そうはっきり祈りました。


祈り、励ましてくださっている方々に心から感謝いたします。神様の優しいご愛を、お祈りを受けて感じています。


この目に見えている状況の中で、

これからのことで、神様にあって期待や希望を置けるのは、何と幸せなことでしょうか。


神様が私に最善をしてくださいます!


それから、これから少しスケジュールや負っている事の見直しをするようにも語られていると思っています。

休みなくバタバタ過ぎて、個人的な事を祈る時間が持てないから。

細々した事で頭が忙しい中、今は身体のためにも休息必要だと。


そう導きを聞いて感じています。


それからバタバタ片付けられずに蓄積された、いらない物の山を捨て、足の踏み場を確保します。

工事現場の説明みたいですが。

部屋がすごいことになっている。

ストレスだった部屋をきれいにします!

早く片付けないと、教会 某、愛に溢れた方が、私の部屋を片付けてくださると 言っていらっしゃいます。

見られたらおしまいです

だから片付け実行します。

目を閉じて祈るから、見えなければいいですが?

でもきれいな、場所で祈りたいから。


新しい歩みを。

全てを感謝します!