朝から1日がかりでの作業でしたが、色々ご高齢の叔母の苦労を感じながら、お手伝いできることを感謝しました。
掃除中、部屋から、私が渡したものではない伝道用ミニ聖書と、みことばが書いてある大きなカレンダーが出てきました。
誰か叔母の知り合いか、親戚にクリスチャンがいるのと、叔母が祈られているのを思いました。
昨年、叔母はイエス様を救い主として信じる祈りをしました。でも、教会へは行かれていなくて、信仰面では本当に本当に、これからです。奪い取ろうとする攻撃もゆるされています。
また、親戚の誰かが牧師になったと叔母が言っていたのですが、(事実かはまだ確かめられていません、叔母もご高齢で、はっきりわからず。)
いずれにしても、共に叔母を思い祈っていてくださる方々がどこかにいる。
本当に励まされて感謝しました。
私がまだ子供の頃、親戚中で集まり使っていた食器とか、懐かしい飾り物とかを手にしながら、年月と、時の移り変わりの大きなことを感じていました。
本当に変わらないものは、神様のことばだけ。
永遠に向けてのあゆみと、永遠のいのちを伝え続けていくことを、あらたに思わされた1日でした。
「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。
感謝を強めつつ1日を過ごしてゆきます!
0 件のコメント:
コメントを投稿